※本記事は、作品を視聴済みの方向けに、個人的な感想や解釈を中心にまとめたコメント記事です。物語の展開に関わる表現を含むため、未視聴の方はご注意ください。
作品の概要や基本情報については、作品概要記事をご覧ください。
アップルTVにて配信中です。
エピソード1:消された女
あらすじ
父に起きた出来事を描いた自伝的小説がベストセラーとなったワンダ・シェパード。彼女は本の映像化に関するミーティングのためロサンゼルスに来ていた。
売れっ子作家となった実感のない彼女は恐縮しきり。
しかし、“映像化”とは、彼女が思っていたものとは違っていた。
視聴前に知っておきたい注意点
26:02~26:22 男性が大きな声で怒鳴ったり、幼い少女が泣き叫ぶ場面があります。
作品のテーマに関係する重要な演出ではありますが、苦手な方はご注意ください。
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「ニューヨーカーめ」の意味
05:37~05:47 ワンダとブレイクの会話
ワンダ「車はいい 歩くから」
ブレイク「何だって?」
ワンダ「歩くの」
ブレイク 「歩くとはね それLAでは死語だよ (独り言で)ニューヨーカーめ」
ロサンゼルス=車社会
ニューヨーク=徒歩移動
を表現した演出です。
「N/A」「N.W.A」とは?
N/A=Not Available (利用不可、該当なし)
(参考:Wikipedia)
受付の女性は、写真がうまく撮れなかったという意味で「N/A」と書いたと考えられます。
しかしこの「N/A」という表記を不快に思ったワンダは、
「ねえペン貸してまらえます?真ん中に…Wを書くから N・W・Aよ」
と皮肉で返します。
これは、アメリカのヒップホップグループであるN.W.A(1980年代後半~1990年代前半に活躍したヒップホップグループ)のことだと思われ、文化的背景を踏まえたニュアンスを含んでいると思われます。
「N/A」と分類されたことにより「見えない存在のように扱われること」もしくは「欠陥のあるかのように扱われること」への違和感や抵抗の意思が感じられ、このエピソードのテーマを象徴する印象的なシーンとなっています。
ひとりコメント欄
05:44 あら「ニューヨーカーめ」ですって。ブレイク、いい人そうに見えたけど、ボソっと悪口言うタイプ?
08:02 うっわ、窓からの景色もすごいけど、テラスってゆーの?庭?とりあえず、あそこで美味しいドリンクを堪能したい
09:09 分かる…人がいないと踊れるのよ…
11:23 ワンダの皮肉が全く通じてなさそうなのもまたナンダカな…
11:38 おっと…ソファーに座ってるお兄さんの入館証も「N/A」て書かれてる…ま、そうなるか…
15:05 あぁ…この“愛想笑い、ときどき沈黙”の空気苦手だわ~。アメリカの方は、話の間があくと気まずくて沈黙ないように話し続けるってよく聞くのですけど、これ、日本人の私でも気まずい空気で心配、そしてお察し…
16:32 “映像化”っていうからさ、てっきり映画になるんだと思ってたんだが、まさかの「VR」!
18:00 こわい…誰もワンダの意見聞くきない…まさしく「N/A」じゃないか!
18:51 なるほど、彼らは、ワンダが書いたワンダ自身や父親の辛い経験を、小説を読まない人にも知られるように映像化するにあたって、文章の解釈などを深めるためにワンダの話を聞きたいとかじゃないのか…ただのエンターテインメントにするつもりなんだね
22:29 え…6キロだよ?いくら徒歩移動に慣れてるニューヨーカーつったって、だいぶ疲れる…って、裸足じゃないの!えっと、アスファルトで傷がつき、そこに雑菌が入り…あぁ、想像しただけでムリ…てかLAでしょ?アスファルトめちゃ熱いんじゃない?諸々むり
24:25 あぁ、なるほどねぇ。「不快なら見なくていい」って、人の体験を映像化しておいて“不快”って…しかも“見なくていい”って、実際にその体験をした人は、「嫌だからもう抜けた!」なんて出来なかったのよ?そういう自伝本を題材にした作品に携わったのなら、不快だろうが、苦痛だろうが最後まで観ることが大切じゃないかな。ま、そこで「あ、無理だわ。一抜けた~」って出来るのが、あなた達ですよね
観終わって思ったこと
【私の解釈】ワンダが消えたわけ
存在感とかの問題ではなく、だからといって人種やその歴史的背景だけの問題でもなさそう。
ワンダが消えたのは、人生を奪われそうになっていたからだと思います。
制作陣の企画としては、映画としてワンダの体験を映像化し、人々に見せるという方法ではなく、VRを作ることでワンダ目線で自伝小説で書かれたワンダの経験を疑似体験しようというもの。
ワンダは、辛い体験をしただけでなく、自身の大事な体験をエンタメとして消費されようとしていたのです。
エンタメ化されると、VR体験者はワンダの悲劇的な体験のほんの一部を、安全なところにいながら疑似体験をしただけで、全てを理解したように思うかも。
抗議の声も届かず悲観に暮れるワンダがラストシーンで、“I don’t know what I am”(自分が分からない) と言い、それに対してブレイクは “Yes, you do”(ちゃんと分かってるはずだよ)と返します。
ここでワンダは、自分を見失っていたのではなく、大切な自分だけの体験を通して存在自体を奪われそうになっているのだと分かったのだと気付き、「自分の人生は誰にも渡さない」そう強く思ったのでしょうね。
確かに、歴史上の悲劇的な出来事も、VRで疑似体験することで、モノクロの写真や映像、そして文章で読み取るよりも効果的な場合があるのも分かります。
歴史や文化的な背景などを反映させた仮想空間で疑似体験をすることは、他人事だった歴史が自分事となって、もしかしたら良い経験となるかもしれません。没入感もあり画期的なアプローチだと思います。
でもそれは、あくまでも空間を体験することであって、誰かの体験を追体験することとは別であるべきなのでしょう。
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